S3-E26
|
機械
|
いつの頃からか、その機械はそこに置かれていた。外板を鉄の鋲で打ちとめた武骨な箱で、前に立って耳を澄ますと唸るような音が聞こえてきた。リレーがばたばたと動く音がすることもあった。リレーが動くと、唸るような音が変化した。板の隙間から中を覗くと歯車やカムが動くのが見えた。月に一度、灰色のつなぎを着た男が三輪トラックでやって来て機械を点検した。機械の中央にあるパネルにいくつものメーターが並んでいて、検査員はクリップボードにはさんだ用紙にメーターが示す数値を書きとめて、真空管をいくつか交換した。なにをする機械なのか、なんのために置かれているのか、町では誰も知らなかった。検査員にたずねても、知らないと言って首を振った。電話交換機ではないかと言う者がいた。軍が実験中のレーダーではないかと言う者もいた。遠く離れた外国でも同じ機械を見たと言う者がいた。どの町でも、必ずどこかに置かれていると言う者がいた。この機械はなにをしているのか。機械がとまるとどうなるのか。噂によると、どこかの国のどこかの町で、機械がとまったことがあるらしい。軍隊が出動して町を包囲して、そしてなにかの方法を使って町を消滅させたらしい。消滅する直前の町を撮影したという写真を見たことがある。建物も道も人間も獣も乗り物も、筆で混ぜ合わせたように一緒くたになっていた。もしかしたら、と誰かが言う。この世界は意外と脆弱で、ほんのわずかな支えだけでどうにか形を保っているのではあるまいか。この機械がその支えなのではあるまいか。まさかそんな。そう言って誰もが首を振る。それに、あれはたぶん電話交換機だ。さもなければ軍が実験中のレーダーだろう。
Copyright ©2015 Tetsuya Sato All rights reserved.
Copyright ©2015 Tetsuya Sato All rights reserved.