S4-E09
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背中
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そこはかとなくアルコールの匂いが漂う最終電車に足元の怪しい男が乗り込んできた。あきらかに泥酔していて、しきりとおくびをもらしている。上着の襟に、すでに吐いたとおぼしき痕跡があった。この男の背中には、青と白の縞模様をしたものががっしりとしがみついていた。形は人間に似ていたが、どこか様子がおかしかった。腕には余計な関節があるように見えたし、手には指が六本ついていた。顔の目があるべき場所には目がついていたが、目の数は二つではなくて六つだった。あざやかな縞模様は全身を覆うレオタードを着ているわけではなくて、どうやらそれが地肌だった。鼻はない。口はあったが、唇はなかった。男は背中に貼りついているそれをかなり意識しているようだった。いくらか恥じてもいるように見えた。男は吊り革につかまって上げた腕に額を預けて、ときたま、まわりの様子をうかがっていた。目の前に座っている女性が自分を盗み見ていることに気がついて、どうやら説明しようと決心して口をわずかに開いたが、女性が目を背けると開いた口をまた閉ざした。男はそのまま終着駅まで乗っていって、よろけながら駅から出るとタクシー待ちの行列に並んだ。
Copyright ©2015 Tetsuya Sato All rights reserved.
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