2013年2月2日土曜日

ジュリア

ジュリア
Julia
1977年 アメリカ 117分
監督:フレッド・ジンネマン

リリアン・ヘルマンの短編に基づく。劇作家リリアン・ヘルマンはダシール・ハメットと共同生活を送りながら新作を書き上げようと呻吟していたが、ハメットから環境を変えるようにと勧められてパリへ移り、そこで親友ジュリアが重傷を負ったという知らせを聞いてウィーンへ駆けつける。ジュリアは大胆さと繊細さと知性を備えた女性であり、リリアン・ヘルマンが劇作家を目指すよりも前に医学を目指してオックスフォードへ進み、さらにフロイトの門下となるべくウィーンに移り住んでいたが、そこで親ナチの学生運動を目撃し、激しい反発を感じていた。リリアン・ヘルマンはアメリカへ戻って『子供たちの時間』を書き上げて絶賛を浴びる。そしてモスクワ演劇祭への招待を受けて再びパリに到着したところ、ジュリアからの伝言を持った人物が現われ、その頼みを聞いて反ナチ活動家のための資金をベルリンまで運ぶ仕事を引き受けることになる。
リリアン・ヘルマンがジェーン・フォンダ、アメリカ人でありながらドイツで反ナチ運動にのめり込んでいくジュリアがヴァネッサ・レッドグレーヴ。聡明で有能なジュリアと対照的に頭の回転がやや悪く、怒りっぽくて融通の利かないリリアン・ヘルマンのキャラクターが面白い。
全体はリリアン・ヘルマンの回想形式で構成されていて、ジュリアとの思い出、作家活動、パリからベルリンまでのサスペンスの三軸がかなり複雑に絡み合う。釣り糸を垂れるリリアン・ヘルマンのシルエットに淡々としたナレーションが覆い被さり、油絵の下絵が時間とともに姿を現わす有様を説明しながら湖面の波紋がオーバーラップして夜の駅を滑り出す機関車へ、という冒頭の場面がなんともすごい。場面は説明のないまま再び現われた波紋に埋まって執筆中のリリアン・ヘルマンへと移っていく。回想に浸る現代から大戦前夜の不穏な中過去(ダグラス・スローカムの撮影によるその映像は圧倒的に不穏でまがまがしい)、そして無垢の状態の大過去へと滑らかに切り替えていくジンネマンの手つきが素晴らしい。冒頭以外でも病院、列車、ベルリン、とすごい場面が並んでいて、とりわけリズミカルなショットの積み重ね(回想から回想へ)、心象表現の巧みさには感心させられる。ストーリーだけを追っていけば女性同士の友情の映画だが、後半に入って悪夢とともに出現するジュリアの非実在性は、記憶は鮮明であると宣言する語り手の言葉が実は改訂された結果であることを示しているのかもしれない。
視点は終始、リリアン・ヘルマンに固着したままで、観客に与えられる情報は著しく制約され、実を言えばジュリアを含む人物関係もはっきりとしないが、これがこの映画で主人公に与えられた視野なのであろう。ドイツ系のジンネマンがアメリカ人の視野としてこうデザインしたのだとすれば興味深い。ジェーン・フォンダ、ヴァネッサ・レッドグレーヴは印象的な演技を残し、男優陣のジェイソン・ロバーズ、マクシミリアン・シェル、ハル・ホルブルックも魅力的である。特にダシール・ハメットを演じたジェイソン・ロバーズのかっこよさは破格であろう。





Tetsuya Sato