Life of Pi
2012年 アメリカ/台湾 127分
監督:アン・リー
ボンディシェリで動物園を営む一家に生まれたパイ・パテルは母親からヒンドゥー教徒としての教育を受け、やがてキリスト教にも関心を抱き、さらにイスラム教にも関心を抱き、内的世界で異なる宗教の習合を進めながら青年期に達したころ、動物園を経営する父親が廃業してカナダに移住することを決め、察するに動物園の動物をアメリカまで運んで売りさばくためであろう、パイ・パテルは家族、動物園の動物一式ととも貨物船に乗り込み、そこで粗暴なコック、肉汁をライスにかける仏教徒の船員と出会い、マリアナ海溝周辺海域に達したところで激しい嵐に遭遇し、その嵐のなかで甲板に出たパイ・パテルは危険の予兆をつかんで家族のいる船室に戻ろうとするが、いまどきの船としては珍しいことに下部デッキはすでにたっぷりと浸水していて、船倉にいたはずの動物たちがなにをどうやったのか逃げ出しにかかり、家族から切り離されたパイ・パテルは甲板に戻っていくつかの偶然によって救命ボートの上に投げ出され、その救命ボートが船から放たれて波を滑り、波のあいだに船を見ると救いようもなく沈没していく最中で、嵐がどうにか静まってみると、ボートの上にはパイ・パテルのほかにシマウマ、オランウータン、ハイエナ、トラがいて、ハイエナがシマウマに襲いかかり、オランウータンがハイエナに反撃を加え、ハイエナがオランウータンを倒すとそれまで黙っていたベンガルトラがハイエナを倒し、残されたパイ・パテルはベンガルトラと一緒に太平洋を漂流することになる。
トラのリチャード・パーカー氏は非常にいい演技をしていたと思う。開巻に映し出される動物園の微妙にぺらぺらとした様子にいささかという以上の危惧を抱き、漂流が始まってからはラッセンの悪夢としか思えないような、ひどく薄っぺらな太平洋の波間を破って現われる微妙に薄っぺらなクジラを見て同様の危惧を抱いたが、ここに現われる漂流の様子は最終的に神秘主義へと傾斜していく語り手の内的宇宙で純化され、聖化された体験の再話であり、わざわざ3Dであるにもかかわらず奥行きをまったくともなわないのは、自己完結した神秘体験が厚みを意味するところの異端を阻むというメカニズムから成立していることが理解される。ここで聖性がまとう他者性の表現はなかなかに興味深い。いかにもアン・リー的な、ということになるのかもしれないが、表層のデザインに特化したスタイルが、おそらくは意図した結果であろうと推察しているが、素材が求める構造にきわめてよく適合する結果となり、映画をひとかど以上の作品に仕上げている。『トラと漂流した227日』という副題は観客に誤解を与えるだけであろう。
Tetsuya Sato