S5-E11
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草
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コンクリートで補強した掩蔽壕の入り口にツタのような草がしがみついていた。初めはそこだけかと思ったが、よく見るととあちらこちらに同じような草が生えていた。機銃陣地の土嚢の下、便所の入り口、応急医療所の柱のうしろ。放棄された対抗壕の壁はこの草でほとんど覆われていた。待機状態のまま塹壕で朝を迎えたときのことだ。痛みを感じて手を見ると、緑色のつるが絡みついていた。剥がすと赤黒い跡が点々と残った。指で押すと開いた穴から血がこぼれた。つるには小さな吸盤のようなものがついていて、どうやらこれで血を吸っているらしい。ぼくらは草を抜いて、塹壕の外に投げ捨てた。本当は焼きたかったが、焼けば煙が出るし、煙が出れば敵の狙撃兵に的を教えることになる。片端から抜いていっても、草はすぐに生えてきた。抜くのが間に合わなくなってきた。つるが服のなかにもぐり込んで、背中や腹に絡みついた。下着のなかにまでもぐり込んで、ぼくらから血を吸い上げた。つるの色が次第に赤くなっていく。草の色も次第に赤くなっていく。ぼくらは草のあいだに沈みながら、次第に血の色を失っていく。
Copyright ©2015 Tetsuya Sato All rights reserved.
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