2015年4月22日水曜日

Plan-B/ 冷気

S4-E29
冷気
 新しく借りた部屋で最初の夜を過ごしながら、彼女は冷気が下りてくるのを感じていた。夏だというのに彼女は毛布を重ねて寒さをこらえ、朝になると階段を駆け下りていって管理人の部屋のドアを叩いた。原因はたぶん真上の部屋にある。管理人の老人は鍵の束を引っ張り出して彼女と一緒に階段を上がった。彼女の部屋の真上の部屋のドアを叩いて、なかに向かって声をかけた。返事はない。管理人の老人が肩をすくめた。しかしそうしているあいだにもドアの隙間から強い冷気が噴き出してくる。それを彼女が指摘すると管理人の老人は鍵束を開いて鍵を出した。何事かをつぶやきながら鍵穴に鍵を差し込んで、部屋のドアを押し開けた。部屋のなかは凍っていた。壁も棚も薄氷で覆われ、机や椅子の端からは小さな氷柱が下がっていた。部屋に足を踏み入れると、足の下で氷が割れる音がした。彼女の息が白くなる。天井に開いた大きな穴から様々な太さの白い管がぶら下がって、互いに絡み合いながら男を絡め取っていた。凍りついた男の顔でまぶたが動いて、濁った目が彼女を見下ろした。管に並んだ吸盤が見える。管だと思ったものは触手だった。触手の束がゆっくりと動いて、凍った男を引き上げていった。触手が消えると天井に開いた穴も消えた。凍った部屋が溶け始めた。家具や壁から水がしたたり落ちていった。管理人の老人がまたなにかをつぶやいている。彼女は自分の部屋に駆け下りていって、天井が濡れているのを確かめてから電話で不動産屋を呼び出した。

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