(146)
|
クロエは鏡を見つめていた。眉間にしわが刻まれていた。肌が荒れ、髪は艶を失っていた。枝毛が見える。目の下から頬にかけて、手の施しようのない暗い線が延びている。その線を指の先でたどりながら、そろそろ終わりにすべきだ、と考えていた。しかしいったい、何を終わりにすべきなのか。自分はいまここにいて、いったい何を終わらせようとしているのか。いったい何を求めて生きているのか。始まりには愛と希望があったはずだ。あの愛は、あの希望は、いったいどこへいってしまったのか。取り戻さなければならない、とクロエは思った。愛と希望を取り戻して、幸せにならなければならない、とクロエは思った。愛と希望を取り戻して、自分を幸せにするためには一切を、自分に敵対する一切を、滅ぼさなければならない、とクロエは思った。一切を滅ぼさなければならない、とクロエは頭の中で繰り返した。自分に敵対するこの世界を、そろそろ終わりにすべきだ、とクロエは思った。遠くで汽笛が鳴っていた。例の貨物列車が間もなく到着する。立ち上がってショットガンを手に取った。鏡に向けて引き金を引いた。轟音とともに鏡が砕けて、不幸なクロエを見つめ返す不幸なクロエの姿も消し飛んだ。しかし、それでもクロエの心は晴れなかった。
Copyright ©2015 Tetsuya Sato All rights reserved.
Copyright ©2015 Tetsuya Sato All rights reserved.