シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ
Captain America: Civil War
2014年 アメリカ 136分
監督:アンソニー・ルッソ、ジョー・ルッソ
『アベンジャーズ』 のあれや『エイジ・オブ・ウルトロン』 のあれや、本編冒頭のこれなどが引き合いに出されてアベンジャーズはいかにもヒーローではあるものの、人類に損害を与える危険な存在であるということになり、というわけで国連の委員会の監視下に置こうという話になり、国務長官はアベンジャーズにこの協定を受け入れることを命令するが、トニー・スタークが協定受け入れに傾く一方でキャプテン・アメリカことスティーブ・ロジャースは疑問を抱き、協定を推進する会議がテロに襲われて主犯としてバッキー・バーンズが名指しされ、収監されたバッキー・バーンズが意に反して脱走するとキャプテン・アメリカは旧友バッキー・バーンズを助けて逃亡、ファルコンとともに一連の事件に隠された陰謀を追い、この逃亡を重視した国務長官はキャプテン・アメリカほかを指名手配するのでトニー・スタークはナターシャ・ロマノフとともにバッキー・バーンズの身柄確保に動き、ホークアイ、アントマン、スカーレット・ウィッチを仲間に加えたキャプテン・アメリカ一行に対抗してスパイダーマンを味方に加え、さらにブラックパンサーの参加も得てベルリンの空港でキャプテン・アメリカ一行に対決を挑む。
エイリアンもハイドラもいないのに空港はほぼ破壊されるのでアベンジャーズは人類に損害を与えていると思うが、この戦いの微妙な馴れ合いを加えた壮絶ぶりは相当なもので、カメオ的に登場するアントマン、スパイダーマンがなにやら陽気な色を放って素朴に楽しい。また空港のシーンに限らずアクションシーンがよく吟味され、複雑なスタントにはしばしば目を奪われる。プロットを構成する一連の状況は空港のシーンにつなげるための言い訳以上のものではないような気もするものの(だから少々弛緩気味ではあるものの)ひたすら集結を目指すという点で迷いがないので『エイジ・オブ・ウルトロン』のような拡散は回避されている。というわけで悪くないと思う。
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Tetsuya Sato
(169)
突撃するロボット軍団の頭上に身長八十メートルの巨人が飛来した。巨人はロボット軍団と王宮のあいだに着地するとロボット軍団に向かって身構えた。腰をわずかに落としてデュワっと叫び、左右の手首を交差させるとそこから白熱する光線を放った。ロボット軍団は壊滅的な打撃を受け、算を乱して潰走した。
「ギュンの介入は、もちろん予測しておくべきだった」と所長は言った。「作戦成功まであと一歩というところで巨大化して現われて邪魔をして、わたしのロボット軍団を壊滅させたのだ。なぜそんなことをしなければならないのか。わたしは理由を知っていた。わたしはギュンをよく知っていた。本人は理性的な人間のつもりでいるが、ギュンを動かしているのは嫉妬心だ。わたしが救いの手を差し伸べなければ、ギュンは刑務所の不潔極まりない独房で朽ち果てていたはずだった。わたしが手を差し伸べて文明世界に連れ戻してやったというのに、ギュンが心に抱いたのは感謝ではなく嫉妬だった。わたしが精一杯に手間をかけて作戦を成功に導こうとしていると、またしても嫉妬心に突き動かされて飛び込んできた。他人がうまくやっていることを、ギュンは許すことができないのだ。許すことができないどころか、自分の成功が奪われていると思い込むのだ。わたしはロボット軍団に退却を命じた。安全圏まで退却させて、そこで再編成をおこなった。全軍に目標の変更を伝達した。人類抹殺の使命に変更はなかったが、その前にまずギュンを倒さなければならなかった。ロボット軍団は捕虜を取らない。見つけ次第、殺せと命じたことは言うまでもない」
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(168)
「先任士官が全員戦死したので、わたしが第二大隊の指揮をとることになった」とロボット四十三号は言った。「王宮の五百メートル手前に複数の前哨地点を設置し、革命派武装勢力、オーク軍の追撃を警戒して後方にも十分な数の哨戒地点を設置した。前哨地点から王宮のあいだはほぼ開けた空間で、両翼には小さな公園があった。政府軍はこの公園にいくつかの機関銃陣地を置いていたので、王宮前広場にそのまま侵入すれば確実に掃射を受けることになる。政府軍はさらに王宮内部に野砲陣地を構築していて、こちらに向かって砲弾の雨を浴びせていた。わたしは大隊を散開させて各自で掩蔽物を確保するように指示したが、それでもいくらかの損害は避けることができなかった。我々の右翼には第五大隊がいたが、損害が大きくて二個中隊規模をかろうじて維持しているだけだった。左翼の第七大隊とは連絡が取れない上、連隊本部は行方がわからなくなっていた。状況は困難だった。しかし、兵士たちの士気は高かった。わたしは深夜になるのを待って第二大隊と第五大隊の配置を入れ替えた。これは敵に気づかれないように、完全な静寂をたもっておこなわれた。右翼に配置された第二大隊は第七中隊を先頭に右前方に向かって前進した。これも完全な静寂をたもっておこなわれた。夜明けまでに第七中隊は敵機銃陣地の後方に達した。これに第四中隊、第五中隊が続き、配置が完了した状態で三個中隊で構成された梯隊が敵左翼を完全に包囲する態勢となった。夜明けと同時に第五大隊が敵正面で擾乱射撃を開始し、敵がこれに呼応するとわたしは全中隊を敵左翼に向かって突撃させた。側面からの突然の攻撃に敵は混乱状態に陥った。敵兵は陣地を捨てて逃げ出し、我々は逃げる敵兵を追ってそのまま王宮に突入した」
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(167)
歩く死者の大群が町になだれ込んできた。歩く死者は逃げ惑う一般市民に襲いかかり、革命派にも襲いかかり、そしてオークの軍団にも襲いかかった。喰われた者は無惨な死体となって道に転がり、噛まれた者は高熱を発して倒れたあと、譫言を言いながらやがて息絶え、それから歩く死者となって立ち上がった。革命派とオークが拠点を放棄して退却に移ると、そこへロボットの軍団が猛烈な速さで突き進んだ。ブラスターで敵を焼き払い、携帯用光子魚雷で建物を粉砕した。ロボットの先鋒が王宮に迫った。
「時間との戦いだった」と所長は言った。「緒戦で使いすぎたので光子魚雷の予備がなくなっていた。ブラスターのバッテリーも切れかかっていた。兵士たちのバッテリーにはまだ余力があったが、兵器が役立たずになりかけていた。もちろん補給は試みたが、前線が錯綜していた上に将校の損耗率が非常に高くて、各部隊は連携を失っていた。補給部隊の多くは自軍にたどり着くことができないまま、敵の攻撃を受けて全滅した。市内の混乱に乗じて侵攻すれば作戦遂行が容易になるとの判断だったが、ゾンビどもの介入で敵対勢力が浮き足立ち、そのせいでこちらの進撃速度が予想以上に速くなって、前線部隊が統率を欠いたまま、不用意に突出してしまったのだ。指揮命令系統は混乱し、撤退も再編成も不可能だった。運を天にまかせて進撃を続けるしかなかったのだ。時間との戦いだった」と所長は言った。
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(166)
「俺は所長の命令で脱走したアンドロイドを追っていた」とピュンは言った。「で、これが思ってたよりも面倒くさい仕事だった。なにしろさ、そこら中で戦闘をやってたんだ。こっちで革命派とオークが戦ってると思えばあっちじゃオークがロボットと戦ってた。町の中心部では革命派とオークが陣地の取り合いをやっていたし、政府軍はそこへ砲撃や爆撃をして民間人を吹っ飛ばしていた。はっきり言って道を歩くだけでも命がけだった。まあ、俺はもう死んでたわけだけど。で、とにかくそういう有様だったけど聞き込みを続けて、アンドロイドが女を買っては片っ端から殺してるってことがわかってきた。殺してはからだのどこかを切り取って、それを新聞社に送ってたんだ。新聞社も郵便局も革命派の拠点になっていたけど、ちゃんと機能していたよ。ただ、やたらと頭が固かったんで少し噛まなきゃならなかった。俺のほうの飢餓感も解決できるし、仲間になれば口も軽くなるから一石二鳥ってわけなのさ。新聞社から郵便局の線をたどって、仲間を増やしながら少しずつ場所を絞り込んで、とうとう居場所を突きとめた。小汚いアパートの一室で、そいつはすっかり居直っていた。邪悪な黒い力に吹き込まれたあの疑問、自分はどこから来てどこへ行くのか、あと何年生きるのか、それが人間の普遍的な問いかけだということに気がついて、アンドロイドという正体を忘れてその瞬間を楽しむことにしたんだとさ。待つことはない、って奴は言った。我慢することもない、って奴は言った。それから嬉しそうに洗面台の鏡を指差した。そこには赤い口紅で、誰か俺をとめてくれ、って書いてあった。で、俺がどうしたかって? 奴に電話を借りて、山にいる仲間を呼んだのさ」
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(165)
「シロエは狙撃に失敗した」とミュンは言った。「狙撃の名手で、優れた暗殺者であるシロエが失敗した。わたしはシロエの報告を聞いて驚いた。状況にギュンが介入していたのだ。もちろんシロエはギュンを知らないが、スキンヘッドにサングラスの不気味な中年男と言えばギュンに間違いない。ギュンがわたしの邪魔をしていた。そのせいでシロエは任務をしくじり、革命派の精鋭部隊が大損害をこうむった。なぜそんなことをしなければならないのか。わたしは理由を知っていた。わたしはギュンをよく知っていた。本人は理性的な人間のつもりでいるが、ギュンを動かしているのは嫉妬心だ。かつてわたしが成功していたとき、ギュンは嫉妬心で動いてすべてを台なしにした。わたしが精一杯に手間をかけて革命を成功に導こうとしていると、またしても嫉妬心に突き動かされて飛び込んできた。他人がうまくやっていることを、ギュンは許すことができないのだ。許すことができないどころか、自分の成功が奪われていると思い込むのだ。ヒュンが作られた怪物だとすれば、ギュンは生まれついての怪物だ。怪物的な革命の敵だ。ギュンを放置しておくことはできなかった。幸いなことにわたしはギュンの写真を持っていた。それを大量に複製して革命派の全員に配り、拡大してポスターにして町のいたるところに貼り出した。そしてギュンこそが人民の敵であり、革命の敵であると覚醒した労農大衆に訴えた。見つけ次第、殺せと指示したことは言うまでもない」
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ズートピア
Zootopia
2016年 アメリカ 108分
監督:バイロン・ハワード、リッチ・ムーア
ニンジン農家をしているウサギの一家の娘ジュディ・ホップスは警官になるという子供時代からの夢をかなえるために警察学校に入り、大型動物ばかりの世界で体格にチャレンジされながらも首席で卒業、雑多な動物が暮らすズートピアの市長から顕彰を受けてズートピアの中心にある警察署の配属となるが、水牛の署長はジュディ・ホップスを違反切符係に任命して捜査活動から排除し、署長にチャレンジするために違反切符係として無類の活躍をしたジュディ・ホップスは機会を得て行方不明になったカワウソの捜索にあたることになり、署長から48時間の期限を与えられたジュディ・ホップスはキツネの詐欺師ニック・ワイルドの協力を無理矢理勝ち取ると暗黒街に詳しいニック・ワイルドの知恵を借りながらヌーディストクラブ、陸運局、リムジンサービスなどをめぐり歩き、事件にマフィアのボスが絡んでいることを知り、手がかりを求めて会いにいったリムジンの運転手の変貌を目撃し、ズートピアを騒がせる一連の事件との関連に気づき、事件の背後を探りあてて友情を損ない、事件の真実にたどり着いて友情と信頼を回復する。
2D、字幕版で鑑賞。言ってしまえばきわめてありきたりなバディ物のプロットをたどっているだけで、多様性を肯定するメッセージと大団円の結末に至るまで構成にまったくぶれはないが、その前景に置かれているのは、まず擬人化された動物であり、社会的なトレンドとしてその擬人化に抵抗もする動物であり、社会的な陰謀の結果として擬人化を剥奪されて動物学的な正確さで獣性を剥きだしにする動物であり、したがってここに登場する動物たちは従来のアニメーション作品が擬人化してきた動物たちとはあきらかに一線を画した存在であって、「文明化」という虚像の影で草分け的な次元の獣性を「病」として抱えている。だから見ているこちらはこれだけ複雑なものをよくもまあ、破綻もさせないできっちりとまとめているとただ感心することになり、遠目に見ればアニメーション自体の自己パロディのようにも見えるものを、さらにその先に進めて洗練された作品に仕上げる体力を見てまた感心することになる。かわいい動物キャラクターがいっぱいで子供向けのように仕組まれているが、この映画は子供たちには複雑すぎるかもしれない。観客である我々の「習性」について、何か一言あるような気もする。冒頭の意表をつくまがまがしさと、それに続く「血まみれ」ぶりがこちらの予想を見事に裏切る。温帯、熱帯、ツンドラ、北極などのエリアで構成されたズートピアへ列車が向かっていく場面はどう見ても『ハンガー・ゲーム』 の悪意に満ちた引用であり、猛烈に愛らしいフェネックはサングラスをかけてだみ声でしゃべり、レミング・ブラザーズの銀行はとにかく見ているだけで恐ろしい。マフィアが登場すれば『ゴッドファーザー』そのまんまだし(まず門構えがコルレオーネ家そっくりだし、もちろん娘の結婚式をやっている)、奇怪な陰謀の背後では黄色いハズマットスーツが活動し、どうやらウォルター・ホワイトもジェシーもいるらしい。言うまでもなく視覚的にも豊穣で、満足感の高い傑作である。
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Tetsuya Sato
(164)
「ヒュンはわたしが作り出した怪物だ」とギュンはいつも話していた。「わたしがいなければヒュンはコソ泥で終わっていた」とギュンはいつも話していた。「ヒュンの殺戮能力は誰よりもわたしが一番よく知っている。だからこそ、ヒュンを倒すのはわたしでなければならなかった。わたしでなければヒュンを倒すことはできなかった。わたしは冷静に観察して、ミュンがヒュンを操っていることに気がついた。ミュンはヒュンを自分の革命のために利用していた。利用するだけ利用して、そのあとは始末するつもりだということにも、わたしはすぐに気がついた。そもそもヒュンはわたしが作り出した怪物だ。ミュンにはヒュンを利用する資格はなかったし、まして始末する資格もない。わたしはスーパー聴力を使ってミュンがシロエに与えた指示を聞き取った。スーパー聴力とはエイリアン・テクノロジーの研究成果だ。わたしは耳に手を当てるだけで壁の向こう側の囁きを聞き取ることができるのだ。わたしはミュンの囁きを聞いて確信した。ミュンは明らかに、わたしに対して不利益をもたらそうとたくらんでいた。ミュンがそうするつもりなら、わたしもわたしなりに対抗しなければならなかった。わたしはスーパー嗅力を使ってシロエの体臭を記憶した。これもエイリアン・テクノロジーの研究成果で、半径五百メートル以内であれば相手の空間座標を特定できる。わたしがシロエを見つけたとき、シロエは廃墟と化したビルの最上階にいて、狙撃銃でヒュンを狙っていた。引き金に指をかけて、いつでも発砲できる態勢になっていた。わたしとシロエのあいだの距離は三十メートル。ふつうならば間にあわない。攻撃系の魔法玉を投げつけるか。いや、そんなことをする必要はない。わたしにはエイリアン・テクノロジーの研究成果によって身につけたスーパー眼力があったのだ。わたしはただにらむだけで、肉体年齢で二十七歳以下の女性に決定的な不快感を与えることができるのだ。相手がわたしに背を向けていても関係ない。わたしは最大パワーでシロエをにらんだ。シロエは銃を捨てて飛び上がるように立ち上がり、まるで不審者を見るような目でわたしを見ると逃げるように立ち去った」
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(163)
町にシロエという名の娘がいた。父親は著名な法律家で、ネロエを糾弾する論文を発表しようとしたところを同僚に密告されて逮捕され、強制収容所へ送られていた。家には取調官が踏み込んできて、証拠を求めて家具を壊し、寝台を切り裂き、床板を剥がした。取調官はシロエの日記と下着まで押収した。母親にすら見せたことのない日記だった。特別な夜のために用意していた下着だった。シロエは逃げ出し、ミュンの革命派に身を投げた。国外にある秘密の訓練施設で訓練を受け、帰国すると工作員として活動した。工場に潜入して不平分子を組織化し、学生たちのグループに接近して地下組織に引き入れた。軍人、政府要職者の暗殺に関わり、ときには自ら手を下した。ヒュンを利用するというアイデアはシロエが思いついたものだった。
「だが」とミュンはシロエに言った。「ヒュンは一種の怪物だ。かつて、わたしと理念をともにして、わたしとともに働きながら、邪悪な黒い力の誘いに乗ってわたしを裏切ったギュンという名の男がいる。ギュンは恐るべき男だった。天才だったと言ってもいいだろう。そしてヒュンこそが、ギュンが手ずから作り出した最強最悪の怪物なのだ。我々の手の内にあるあいだは、ヒュンはおそらく役に立つ。しかし怪物の本性を現わしたら、速やかに始末する必要がある。一種の躊躇もあってはならない。常に監視し、そのときが来たら速やかに始末するのだ」
そのときが来た、とシロエは思った。スコープに目を当てたまま、指を狙撃銃の引き金にかけた。ヒュンが動きを止める一瞬を待って、引き金をゆっくり引き絞った。
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(162)
「俺は運命を受け入れている。俺は世界を救う英雄になる。だから俺は邪悪な黒い力と戦うんだ」
エルフによって鍛えられた魔法の剣はブラスターの炎もはじき返した。白熱する光子魚雷も都合よく跳ね返した。ロボットたちは粉砕されて部品を散らし、跳ね返された光子魚雷の直撃を食らって蒸発した。ヒュンが剣を振るだけでロボットの軍団が押し戻された。果敢に進むヒュンを追って革命派の兵士たちが突撃した。ロボットの軍団は退却に移り、そこに生じた空隙にオークの軍団がなだれ込んだ。ヒュンがオークに斬りかかった。襲いかかるオークの兵士を片っ端から斬り捨てていった。一団のオークがヒュンの背後に現われた。輪を作りながら距離を縮めて、夢中になって戦うヒュンを囲んだ。一瞬の隙に狙いをつけて、オークの兵士がヒュンに向かって突進した。クロエのショットガンが火を噴いた。エルフが作った魔法の弾がオークの群れをなぎ倒した。
「ろくでなし」クロエが叫んだ。「いったいいままで、どこにいたのよ?」
「助かったぜ。俺にはやっぱりお前だけだ」
「この屑野郎」
ヒュンがオークを斬り倒した。クロエがショットガンの引き金を引いた。オークの兵士がばたばたと倒れた。
「革命万歳」
革命派の兵士たちが歓声を上げた。クロエが兵士たちに銃口を向けた。ショットガンが火を噴いて、革命派の兵士たちがばたばたと倒れた。
「何しやがるんだ」ヒュンが叫んだ。
「こいつら、敵よ」クロエが叫んだ。
「そうだったのか」
ヒュンが革命派の兵士たちに斬りかかった。革命派の兵士たちを斬り捨てながらヒュンが叫んだ。
「俺は運命を受け入れている。俺は世界を救う英雄になる。だから俺は邪悪な黒い力と戦うんだ」
Copyright ©2015 Tetsuya Sato All rights reserved.
(161)
オークの軍団の背後にロボットの軍団が現われた。革命派武装勢力の背後にもロボットの軍団が現われた。逃げ惑う市民の前にもロボットの軍団が現われた。ロボットの兵士たちは市民もオークも革命派も見境なしにブラスターで焼き払った。砲兵隊はロボットの攻撃を受けて全滅した。飛行場は携帯用光子魚雷の直撃を受けて消滅し、軍は航空兵力を失った。参謀たちは額に浮いた汗をぬぐった。国民に決起を訴えていた鉄縁メガネの青年はマイクを握ったまま炭になった。
くくくくく、とロボットが笑った。
同じ頃、ピュンは場末のホテルで聞き込みをしていた。そのホテルの一室で、一人の娼婦が殺されていた。殺された娼婦の悲鳴とともに、くくくくく、と笑う声を聞いた者がいた。冷笑的で、虚無的で、絶望の淵を這い上がるような声だった、と声を聞いた者は口をそろえた。ピュンは聞き込みを続けて、犯人を見たという女を見つけ出した。その女は事件が起きた部屋の隣に住んでいた。悲鳴を聞いてドアに駆け寄り、鍵穴から外を覗くと隣の部屋から出ていく男が見えた。見えたのは下半身だけだった、と女は言った。でも、はっきり見た、と女は言った。暗緑色の地に青い線が入ったズボンと膝下まである乗馬ブーツだった、と女は言った。あれは野戦軍法会議の取調官の制服だ、と女は言った。取り調べを受けたことがあるので間違いない、と女は言った。ピュンは事件の現場になった部屋を調べて、警察が見落とした手がかりを見つけた。クロゼットの引き出しに革の紙入れが残されていた。紙入れには古びた家族写真が詰まっていた。所長が与えた擬似記憶だ、とピュンは思った。これがないとアンドロイドは心の均衡を維持できない。心の均衡を投げ捨てたアンドロイドがこの近くにひそんでいる、とピュンは思った。
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(160)
革命派武装勢力の先鋒がオークの軍団と遭遇し、すぐに小競り合いが始まった。双方が戦力を増強すると市街戦に発展した。オークの機銃陣地に向かって革命派の兵士たちが虚しい突撃を繰り返した。オークが戦車を送り込むと革命派の兵士たちは火炎瓶で対抗した。オークは圧倒的な数と力で押しまくり、革命派の兵士たちは劣勢に立った。オークの戦車が革命派の野戦病院に迫っていた。包帯に血をにじませた負傷者が武器を取って抵抗した。戦車が弾を弾いて突き進んだ。希望が失われかけたとき、志願看護師をしていた一人の少女が手榴弾を胸に抱いて飛び出した。たった一人でオークの戦車に突撃した。轟然と起こった爆発とともにオークの戦車が燃え上がった。看護師の少女は伝説になった。伝説によれば、少女は膝丈のスカートをはいていた。腰を下ろしたときに膝小僧が見えたのを覚えている、と男たちは口をそろえた。スカートなんかはいてなかった、と女たちは口をそろえた。それに忙しくて座っている暇など一度もなかった、と女たちは口をそろえた。いずれにしても伝説になった少女は革命派の兵士たちの心に勇気を与えた。革命派は犠牲を顧みずにオークに向かって猛攻を加え、オークの軍勢は拠点を確保して反撃を続け、市街戦は一室一室を取りあう戦いになった。だが最終的にはどちらかが勝利を掴むことになるだろう。そして王宮への進撃を再開することになるだろう。
クロエは革命派とオークの交戦区域に空爆を命じた。
「しかし、まだ一般市民が」
参謀たちは反対した。
「選択の余地はありません」
蒼ざめた顔の参謀が野戦電話のハンドルをまわした。飛行場に待機していた攻撃機が爆弾を抱いて舞い上がった。爆弾が投下され、直撃を受けた家々が爆風とともに瓦礫を飛ばし、家財の破片を吐き出した。町は火の海になり、革命派が吹っ飛び、オークが吹っ飛び、逃げ惑う市民が吹っ飛んだ。野戦病院も吹っ飛んだ。
電話が鳴り、クロエが取った。
「あなたに」
クロエが受話器を差し出した。
「誰から?」
ネロエが受話器を耳にあてた。
くくくくく、と所長が笑った。
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(159)
町の別の場所でも火の手が上がった。覚醒した革命的労農大衆が松明と武器を手にして走っていた。警察署が、電話局が、放送局が占拠された。革命的意識に鼓舞された狙撃手が屋根や窓から憲兵や将校を狙って発砲した。放送局では鉄縁のメガネをかけた若者がマイクを握り、蒼白の額に汗を浮かべて国民に決起を訴えていた。電話局では革命派の女学生が重たいヘッドセットを頭にのせて、慣れない手つきで交換台と戦っていた。軍専用の回線は次々と革命派に奪われていた。政府と軍は間もなく連絡手段を失うことになるだろう。連絡手段を失った軍が連携を失い、司令部による統制を失えば、それでなくとも命令を厭う農村出身の兵士たちは革命派に寝返ることになるだろう。クロエは革命派の占領地域への砲撃を命じた。
「しかし、まだ一般市民が」
参謀たちは反対した。
「選択の余地はありません」
蒼ざめた顔の参謀が野戦電話のハンドルをまわした。砲兵隊の将校たちが地図を指差して座標を割り出し、命令を与えた。砲兵隊が砲撃を始めた。直撃を受けた家々が爆風とともに瓦礫を飛ばし、家財の破片を吐き出した。町は火の海になり、革命派が吹っ飛び、逃げ惑う市民が吹っ飛んだ。川にかかった橋を渡って酔っ払った暴徒の群れがなだれ込み、略奪が始まり、暴行始まり、酔っ払った暴徒の群れは奪う物を奪い取るとそのまま革命派に合流した。
電話が鳴り、クロエが取った。
「あなたに」
クロエが受話器を差し出した。
「誰から?」
ネロエが受話器を耳にあてた。
「予言が成就しつつある」
電話の向こうでミュンが言った。
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(158)
町のはずれで火の手が上がった。邪悪な黒い力が邪悪な黒い力で生み出したオークの軍団が町に攻め込んでいた。家々に火を放ち、逃げ惑う市民を殺していた。伝令が息急き切って駆け込んできて、戦況をクロエに報告した。すでに三つの区画が陥落し、間もなくもう二区画が落ちるという。そうなれば、オークの軍団は町の三分の一を占拠したことになる。王宮への進撃路を確保して、王手をかけてくることになる。クロエはオークの占領地域への砲撃を命じた。
「しかし、まだ一般市民が」
参謀たちは反対した。
「選択の余地はありません」
蒼ざめた顔の参謀が野戦電話のハンドルをまわした。砲兵隊の将校たちが地図を指差して座標を割り出し、命令を与えた。砲兵隊が砲撃を始めた。直撃を受けた家々が爆風とともに瓦礫を飛ばし、家財の破片を吐き出した。町は火の海になり、オークが吹っ飛び、逃げ惑う市民が吹っ飛んだ。邪悪な黒い力の黒い影が燃え盛る町を包み込んだ。影は触手のように這いまわって戦うオークに勇気を与え、逃げ惑う市民の心を闇で浸した。略奪が始まり、暴行が始まり、魂の暗黒面に落ちた多くの者が砲撃の中で悪事に耽り、悪を悪で染めることで邪悪な黒い力に喜びを与えた。
電話が鳴り、クロエが取った。
「あなたに」
クロエが受話器を差し出した。
「誰から?」
ネロエが受話器を耳にあてた。
邪悪な黒い力の哄笑が響いた。
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(157)
「わたしは科学的に考え、そして科学的に行動する」とギュンはいつも話していた。「わたしはヒュンを追って夜の町に入っていった。道を渡り、川にかかった橋を渡り、工場が煙突を並べる一帯へ、いわゆる貧困層が集中して居住している一帯へ入っていった。そこには忘れられた人々がいた。人類の進歩からも、科学の発展からも忘れられた人々がいた。つまり、まったく無用の人々がいた。わたしはこの顔を失った人々のあいだを縫ってヒュンを追いかけ、ヒュンが酒場に入るのを確認した。わたしもその酒場に入ったが、店の中にヒュンの姿を見つけることはできなかった。そこでわたしは店の裏手にまわり、裏口の戸に耳を押し当てた。戸の上に小さな換気窓があるのに気がついて、そこから中を覗き込んだ。徹底して科学者であるわたしには不可能はない。その部屋はいわゆる革命派のアジトだった。部屋の中にヒュンがいた。そして驚くべきことにミュンもいた。刑務所の重禁固監房で呻吟しているはずのミュンがいて、自信に満ちた口ぶりで顔を見たこともない革命的労農大衆について話していた。言うまでもないが、例によってミュンは現実的な視点を失っていた。予言の成就にこだわるあまり、独学者ぞろいの革命家がふりかざす空論にかぶれて現実を見失っていた。ミュンが言うところの革命的労農大衆とは、安酒で憂さを晴らしている無用の人々にほかならない。ミュンは自分のやり方でうまくいくと信じていた。しかし少しばかり科学的に考えてみればわかることだが、そのようなことはあり得ないのだ。言うまでもないが、これはわたしが知っているとおりのミュンだった。ミュンは何一つとして満足に事を運ぶことができないのだ。そしてわたしの利益を損なうのだ。わたしは状況を正常化しなければならないと思った」
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(156)
「答えは労農大衆にあった」とミュンは言った。「かつて予言者たちを率いていたとき、答えは霊感にあると信じていた。そしてこのときの確信は、実はその後も変わっていない。失敗の原因は、孤立した集団に頼って結果を求めたようとしたことだ。予言者たちは健闘したが、本質的な疎外感と最後まで訣別できなかった。囚人たちも同様だった。自然法の理念を背景に置いて認識を一般化するというアイデアは素晴らしかったが、囚人たちはこの目的を手段に変えてしまった。予言者にしても囚人にしても、理念を通じて新しい人間に脱皮することができなかったのだ。だが、わたしは新しい人間を求めていた。世界を変えるために価値観を転換できる人間を、理念と一体化して、それを存在理由にできる人間を求めていた。そしてその答えは労農大衆にあったのだ。希望は労農大衆にある。原理は階級闘争にある。自然法の理念は我々に草分け的な政治意識をもたらしたが、歴史的な現実は理性的な考察と自然法の理念にあらがい、抑圧のみを目的とする成文法を形成した。成文法の強固な砦を我々は一度は理念によって突き崩したが、残念ながら二度目はなかった。我々が砦を突き崩しただけで満足して、上部構造の破壊を試みようとしなかったからだ。だが、今度は違う。我々は弁証法的闘争を実践し、上部構造を確実に破壊する。しかも計画を遂行するのはいずれも革命の専門家だ。彼らはいずれも生まれながらの指導者であり、理論家であり、労農大衆を誰よりも深く理解している。彼らは進化した人類だ。彼らの最新の研究成果によって、革命的労農大衆の存在がすでに立証されている。革命的労農大衆は確実に存在し、ただ行動開始の合図だけを待っているのだ。合図を送れば集まってくるのだ。こちらからわざわざ探しにいく必要はないし、我慢して夕食に招待する必要もない。革命的労農大衆は待っているのだ。顔のない大衆が待っているのだ。機は熟した。予言は成就しつつある」
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(155)
ヒュンはシロエに手を引かれて夜の町へ入っていった。シロエがヒュンを導いた。道を渡り、川にかかった橋を渡り、工場が煙突を並べる一帯へ、工場で働く人々が貧困にあえぎ、怒りをたくわえている一帯へ、シロエはヒュンを導いていった。町は煙にくすんでいた。貧困にあえぎ、怒りをたくわえたいくつもの顔が暗がりを割って現われては、また暗がりの中へ消えていった。どこかで子供が泣き叫んでいる。母親が怒声を張り上げている。不潔な酒場が路地に並び、顔を赤くした男女が安酒を食らい、三日前の揚げ物を食らい、男が薄笑いを浮かべれば、女はスカートの裾をたくし上げて笑い声を振りまいた。扇動ビラを懐に隠した学生が女給に怒りの眼差しを向けている。脂で汚れたテーブルをはさんでエルフが小声で話している。ドワーフの男たちが重たい声で歌っている。黒ずんだ床板の下にはたぶん武器が隠されている。どの店でも秘密警察の警官が古着の襟で顔を隠して騒ぎが始まるのを待っていた。不穏な言葉を誰かが口にするのを待っていた。私服警官の一人が手帳を開き、短くなった鉛筆で革命前夜と書き込んだ。ヒュンはシロエに手を引かれて一軒の店に入っていった。店の主人はシロエを見ると奥に通じるドアを開けた。ドアの奥には冷たい顔の男女がいた。数人は銃を担ぎ、肩から弾帯をまわしていた。血走った目で爆弾の導火線を調整している娘もいた。大きなテーブルの上には町の地図が広げられ、男が赤鉛筆で建物や道を丸で囲み、丸を線で結んでいた。男が振り返ってヒュンを見た。
「予言が成就しつつある」
ヒュンに向かって、ミュンが言った。
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(154)
「わたしは科学的に思考する」ギュンはいつも話していた。「科学的な視点から対象を総合的に観察し、十分なデータを集めて合理的に判断する。わたしは科学者であり、科学者であることを誇っている。わたしはわたしである前に、まず科学者であると言ってもいいくらいだ。生まれる前から科学者であると言ってもいいくらいだ」とギュンはいつも話していた。「だからわたしはあの集会でヒュンの姿を目撃したとき、困惑した。羽根飾りがついた帽子をかぶり、剣を抜いて叫ぶヒュンの姿は、わたしには科学への挑戦に見えた。合理的な精神に対する悪意あるいたずらに見えた。ヒュンは死んだはずだった。いや、はずだったなどというものではない。わたし自身の手で心臓をえぐり出したのだ。わたしがあの世に送ったのだ。いや、もちろんあの世というのは言葉の綾に過ぎないが、そのヒュンがわたしの目の前で羽根飾りがついた帽子をかぶって、剣を抜いて叫んでいた。そして学生たちの拍手を浴びていた。そう、拍手を浴びていたのだ」とギュンはいつも話していた。「もう一度、殺さなければならなかった。最初に殺したときにはヒュンは単なる裏切り者、死すべき裏切り者に過ぎなかったが、再び現われたヒュンは科学の敵だった。だからわたしは、ヒュンをもう一度殺さなければならなかった。わたしは機会をうかがった。その場で変身してヒュンを踏み潰すこともできたのだが、それでは無用の犠牲が増えるだけだ。もちろん科学のための犠牲であり、科学のための犠牲ならば、いつでも、どれほどの数であってもわたしは受け入れる覚悟ができていた。だがわたしは変身しなかった。代わりにヒュンのあとをつけた。ヒュンは拍手を浴びていたのだ」とギュンはいつも話していた。「拍手を浴びているヒュンを殺せば、ヒュンは英雄として記憶されることになるだろう。科学の敵が英雄として記憶されることなど、わたしには許容できなかった。みじめで孤独で、喝采から見放された死が、ヒュンにはふさわしい。適切な方法を見つけなければならなかった。わたしは答えを探しながら、ヒュンを追って夜の町へ入っていった」
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(153)
野戦軍法会議は邪悪な黒い力の審理を放棄し、裁判なしの銃殺を決定した。執行の命令がただちに下され、壁の割れ目は兵営の中庭にある煉瓦の壁の前に移された。整列した銃殺隊が銃を構えた。指揮官の命令でいっせいに発砲した。銃殺隊の指揮官はとどめを刺すためにダイナマイトを割れ目に押し込み、壁を完全に破壊した。クロエがまず報告を受け、クロエがネロエに報告した。だがネロエは静かに首を振った。
「邪悪な黒い力を銃弾や爆薬で滅ぼすことはできません。わたしは感じます。邪悪な黒い力はまだどこかにひそんでいます。わたしはそれを感じるのです」
電話が鳴り、クロエが取った。
「あなたに」
クロエが受話器を差し出した。
「誰から?」
ネロエが受話器を耳にあてた。
「わたし、邪悪な黒い力は言う」電話の向こうから邪悪な黒い力の声が響いた。「銃弾や爆薬でわたしを滅ぼすことはできない。おまえたちはわたしの居場所を破壊しただけだ。わたしが内省のために自ら選んだ抑圧を、愚かなおまえたちがダイナマイトで爆破したのだ。居場所を失ったことで、わたしは視界の広がりを得た。内省と抑制を失い、自分の力を確信した。そこでわたし、邪悪な黒い力は言う。おまえたちはわたしによって滅ぼされる。わたしから内省と抑制を奪った罰としてではなく、わたしの強大で、気ままな力によって、ただ楽しみのために滅ぼされる。おまえたちに逃げ場はない。運命を受け入れ、残された時間で自分を憐れむがいい」
電話が切れて、もう一度鳴った。ネロエが取った。受話器から悲鳴と銃声と爆音が聞こえた。ネロエは音に耳を傾け、受話器を置いて首を振った。クロエがたずねた。
「何があったの?」
「兵士たちが突然オークに変身したそうです。重火器で武装していて、抑えることができません」
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(152)
「そいつ、ロボットだったんだよ」とピュンが言った。「所長が作った人間そっくりのやつだったけど、邪悪な黒い力はすぐに正体を見破ったらしい。それだけじゃない。邪悪な黒い力ってのは俺たちが考える以上に狡猾だったんだ。所長はロボットを人間そっくりにするために、高度な人工知能を埋め込んでいた。人間そっくりのロボットはただ外見がそっくりっていうだけじゃない、人間的な感情も備えていた。笑うことも悲しむことも、怒ることもできたんだ。邪悪な黒い力はロボットに不安を吹き込んだ。おまえはどこから来てどこへ行くのか、あと何年生きるのか。人工知能で生存本能を強化されて、利己的な思考ができるようになったロボットには、これだけで十分だったんだ。自分はいま何歳なのか、自分はいったいあと何年生きられるのか、ロボットは不安を感じ始めた。そこへ邪悪な黒い力が追い討ちをかけた。答えは所長が知っているって、そう言ったんだ。邪悪な黒い力がどうしてそれを知っていたのか、俺にはさっぱりわからないけど、所長が知っているってのは本当だった。どうかすると人間以上の能力を備えているロボットを、実は所長は恐れていた。だから短命化プログラムを仕込んでいた。人間そっくりのロボットはふつうのロボットよりも寿命が短かったんだ。ロボットは取調室から飛び出した。所長を探して答えを聞き出すつもりだった。もちろん所長はロボットの行動をモニターしていたし、指令から逸脱したロボットを放置できないこともわかっていた。処分するために何台かのロボットを送り込んだけど、返り討ちにあって壊された。奴は危険に気がついて町のどこかに潜伏した。だから所長は俺を呼んだんだんだ。所長の指令は単純だった。俺は人間に化けて町に潜入した」
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(151)
取調官は深夜になってから自宅に戻り、すでに床に入って休んでいた妻と娘の額に優しく口づけをすると制服を着たまま洗面所へ入って鏡と向き合い、自分のピストルで自分の頭を撃ち抜いた。オフィスには積み上げられた電話帳の上に短い遺書が残されていて、そこには次のように記されていた。「悪の権化となって千年生きるより、心に善人のかけらを残したまま、わたしは今夜命を絶つ」
すぐに新たな取調官が任命されて邪悪な黒い力の審理を引き継いだが、行き先を告げずにオフィスから出て、発見されたときには下水道の底にうずくまって、意味不明の言葉をつぶやきながら汚物を口に運んでいた。
三人目には取調官の中でも最も冷酷で最も非情で、最も悪辣な者が選ばれた。この取調官は二日二晩にわたって邪悪な黒い力と対決し、三日目の朝、姿を消した。朝食を運んでいった給仕が取調官の不在を報告し、オフィスの出入り口に立っていた衛兵は取調官は一度も部屋から出ていないと証言した。出入り口は一か所だけで、オフィスの窓はすべて施錠されたままだった。徹底的な捜索がおこなわれたが、取調官を発見することはできなかった。邪悪な黒い力が事情を知っているはずだと言う者はいた。しかし志願して問いただそうとする者はいなかった。
野戦軍法会議はただちに四人目の取調官を任命した。
くくくくく、と四人目が笑った。
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(150)
取調官は暗緑色の制服の胸を軽くはたくと机に向かって腰を下ろした。たばこに火をつけて最初の一服をゆっくりと吐き出し、それから卓上ランプに手を伸ばすと白熱球の強い光を前に投げた。机のすぐ向こうに壁の割れ目が置かれていた。割れ目から漂う存在の気配に、取調官はわずかながら畏怖を覚えた。見た目には壁の割れ目でしかなかったが、そこには間違いなく何かがいた。取調官は唇を舐め、それから割れ目に話しかけた。
「あなたの正体はすでに暴かれています」
「わたし、邪悪な黒い力は言う」壁の割れ目から声が響いた。「わたしは邪悪な黒い力である。正体を偽ったことは一度もない」
「ではお互いの時間を節約しましょう。あなたは悪徳センターを組織し、悪徳分子を指揮して国家の転覆を計画しましたね?」
「わたし、邪悪な黒い力は言う。わたしは起訴されているのか?」
「あなたは悪徳センター事件の主犯として国家反逆罪を始めとする複数の罪状で起訴されている」
「わたし、邪悪な黒い力は言う。わたしは地上における悪の根源であり、また悪の本質である」
「では、罪状を認めるのですね?」
「わたし、邪悪な黒い力は言う。訴状を見ていないのでコメントできない」
「あなたはわたしの時間を無駄にしている。あなたと一緒に逮捕された悪徳分子たちは、あなたが主犯だとすでに告白している。あなたも認めなければならない。認めれば、この審理はこの場ですぐに終わるのです」
「わたし、邪悪な黒い力は言う。これは取り調べではなく、審理なのか?」
「野戦軍法会議の特別命令により、本件に関しては特別審理が適用されている。したがってわたしは取調官のほか、検事及び裁判官を兼務している」
「わたし、邪悪な黒い力は言う。一般的な観点からすると、その特別命令は法的根拠が疑わしい。あなたは根拠を説明できるのか?」
「あなたには関係のないことだ」
「わたし、邪悪な黒い力は言う。特別審理が合法性を備えていないのであれば、あなたは正義をおこなっていないということになる。しかし、悪を裁くことができるのは善のみである。あなたにはわたしを裁く資格がない」
「わたしにはあなたを裁く意図はない。事件の決着を求めているだけだ」
「それならば」と邪悪な黒い力が言った。「わたし、邪悪な黒い力は言う。あなたは最初からそう言うべきであった。あなたが背負っているのは善ではなく、官僚的な手続きに過ぎない。しかもその手続きの実施にあたって、あなたは合法性は求められていない。そこでわたし、邪悪な黒い力はあなたに無限の悪の力を与えよう。あなたは無限の悪の力によって、巨大な陰謀を暴くことになるであろう」
「わたしは、それでどうすればよいので?」
「わたし、邪悪な黒い力は言う。電話帳を持ってくるのだ。そこにあるすべての名前を書き留めれば、わたしはすべての名前を悪徳センターの悪徳分子であると認めるであろう。またあなたは想像力を可能な限り働かせて、目にした者が例外なく恐怖を覚えるような供述調書を書き上げ、わたしに代わってわたしの名前で署名するのだ。そして調書に上がったすべての名前に死刑を宣告すれば、わたしはあなたに上級大隊指揮官の称号を授けるであろう」
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(149)
その日の早朝、特別編成の貨物列車が貨物駅に到着した。護衛の兵士が見守る中で、特別な荷物はクレーンで吊り上げられて、トラックの荷台に移された。間もなく車列が動き出した。装甲車を先頭にしたトラックの列が物々しさで目を引きながら町を走り、古い監獄の門をくぐって中に消えた。それからいくらもしないうちに何台もの護送車が猛スピードでやって来て、次々と監獄の門をくぐっていった。護送車の出入りは一日中続いた。午後になると顔に不安を浮かべた人々が差し入れの包みを手に集まってきて、面会受付窓口に列を作った。いつまで待っても窓口は閉ざされたままだった。夜になっても人々は包みを抱えて待ち続けた。
翌日の朝、町中に据え付けられた公共放送のスピーカーが大音量で叫び始めた。国家の安全保障を脅かす非常事態が起こっていた。邪悪な黒い力に与する悪徳分子が国家を乗っ取ろうとたくらんでいた。自由で平等な国家を覆して、悪の帝国を打ち立てようとたくらんでいた。だが幸いにも、と無数のスピーカーがいっせいに叫んだ。陰謀は暴かれた。関係者数千人が逮捕された。しかし、まだ安心してはならない。悪徳分子はまだどこかにひそんでいる。顔には心地よい笑みを浮かべ、善良な市民を巧妙に装いながら、心を悪徳に浸してあなた方から平和を奪おうとたくらんでいる。いまこそ国民の団結を示すときだ、とスピーカーは叫んだ。同僚を疑え、隣人を疑え、とスピーカーは叫んだ。家族を疑い、自分を疑い、政府批判を報告せよ。
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(148)
「進撃するつもりだったら」とピュンは言った。「俺たちはいつでも進撃できたんだ。でも所長が反対した。時機じゃないって所長は言った。政局を見極めるべきだって所長は言った。ゾンビってのはふつう、政局を見たりしないんだけどな。だから俺たちは山に隠れて時機を待った。食い物に困ることはなかったよ。村があったし、圧政を逃れてうろうろしている連中がたくさんいたからな。所長は情報をいろいろ集めてた。ヒュンの野郎はどうもあいかわらずだったみたいだけど、ショットガンを持ってるあのやばい女はさらにやばいことになっていた。秘密警察と軍隊をしたがえて、好き放題にしていたんだ。杖を持ってたあの変な小僧は、なんでだか知らないけど、首をくくって死んだそうだ。自殺だって聞いたけど、自殺するタイプだとは思わなかったよ。所長のことは、俺、実はけっこう見直した。待ってるあいだにロボットたちを改造して、人間そっくりに作り変えたんだ。まあ、そっくりって言っても限度があるんだけど、でもかなりよくできていた。中には本当に見分けのつかない奴もいた。所長はそういう奴らをスパイにして、町に潜入させたんだ。人間のふりをして、政府や軍隊にもぐって極秘情報を送ってきた。秘密警察の取調官になりすました奴もいる。もちろん反政府組織にも潜入した。工場で工員を扇動して、ストライキ委員会を組織してる奴が実はロボットで、しかもそのロボットの親玉は人類抹殺をたくらんでたんだ。これって、ちょっと笑えるよな」
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(147)
町にシロエという名の娘がいた。父親は著名な法律家で、ネロエを糾弾する論文を発表しようとしたところを同僚に密告されて逮捕され、強制収容所へ送られていた。ヒュンは町の広場でシロエを見かけて恋に落ちた。ヒュンが話しかけるとシロエの顔が赤くなった。ヒュンがシロエの髪に触れると、シロエは真っ赤になった顔をうつむけた。シロエは恐るおそるに手を伸ばして、それからヒュンの手をしっかりと握ると秘密の集会に連れていった。そこには紫色のドラゴンがいて、口から炎と煙を吐き出しながら深みのある声で話していた。邪悪な黒い力とは現体制が大衆を操るために作り出した虚構であり、仮に邪悪な黒い力に実体があるのだとすれば、それは無実の一般市民を無差別に逮捕して強制労働に送り込み、犯罪組織と結託して市場の自由を妨げ、思想の自由と信仰の自由を抑圧する現体制にほかならない。ドラゴンの話を聞いて学生たちが力強くうなずいた。現体制は破棄されなければならない、とドラゴンが言った。学生たちが拍手した。学生たちはヒュンの意見を聞きたがった。ヒュンは机の上に飛び上がり、腰の名もない剣を抜いた。
「俺は運命を受け入れている。俺は世界を救う英雄になる。だから俺は邪悪な黒い力と戦うんだ」
学生たちが拍手した。その様子を部屋の隅から、スキンヘッドの男が見つめていた。サングラスのレンズにヒュンの姿が映っていた。
予言が成就しつつある、とミュンが言った。
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バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生
Batman v Superman: Dawn of Justicek
2016年 アメリカ 152分
監督:ザック・スナイダー
スーパーマンの活躍が「9.11な惨事」 を引き起こしてブルース・ウェインの従業員多数が死傷、原因はスーパーマンにあると信じたバットマンはスーパーマンに敵意を燃やし、そのスーパーマンの活躍ぶりが「9.11な惨事」を引き起こしているということでフィンチ上院議員による公聴会が始まり、そのスーパーマンはレックス・ルーサーの罠にはまって公的な立場が危うくなり、スーパーマン打倒をたくらむバットマンはレックス・ルーサーが集めた情報を盗み、レックス・ルーサーはクリプトナイトをインド洋から回収し、バットマンはそのクリプトナイトを使って槍を作り、またしてもレックス・ルーサーの罠にはまったスーパーマンはバットマンとの対決を強要され、ゾッド将軍はレックス・ルーサーの血を受け取って怪物となって蘇り、バットマンとスーパーマンの戦いにワンダーウーマンが参戦する。
すでに四十台のバットマンがベン・アフレック、ヘンリー・カヴィルが『マン・オブ・スティール』 に引き続き暗くて重たいスーパーマン、レックス・ルーサーがジェシー・アイゼンバーグ、アルフレッドがジェレミー・アイアンズ。それぞれのカットはしっかりと構成されているが、カットの独立性が高く、映画としての連続的な流れは作られていないので映画というよりは、これは名場面集であろう。ベン・アフレックはバットマンをそれなりにこなしているし、ジェシー・アイゼンバーグは例によって魅力的な演技をしているが、あのほとんどジョーカーのようなものがレックス・ルーサーだと言われても少し困る。全体に薄暗くて暴力的で、本来ならばぶれるはずのないものが(つまりバットマンとスーパーマン)がぶれまくり、混乱しているというのも好きではない(好きではない、と言えばクラーク・ケントとロイス・レインの肉体関係を暗示する描写も好きではない)。というわけで、やっぱりザック・スナイダーの映画だった、ということになるのだろう。名場面集で2時間半持たせるのはたいしたものだが、やはり少し飽きてくるので、そうするとこちらはホリー・ハンターやダイアン・レインの美しい小じわを眺めてちょっと我慢することになる。
VIDEO
Tetsuya Sato
(146)
クロエは鏡を見つめていた。眉間にしわが刻まれていた。肌が荒れ、髪は艶を失っていた。枝毛が見える。目の下から頬にかけて、手の施しようのない暗い線が延びている。その線を指の先でたどりながら、そろそろ終わりにすべきだ、と考えていた。しかしいったい、何を終わりにすべきなのか。自分はいまここにいて、いったい何を終わらせようとしているのか。いったい何を求めて生きているのか。始まりには愛と希望があったはずだ。あの愛は、あの希望は、いったいどこへいってしまったのか。取り戻さなければならない、とクロエは思った。愛と希望を取り戻して、幸せにならなければならない、とクロエは思った。愛と希望を取り戻して、自分を幸せにするためには一切を、自分に敵対する一切を、滅ぼさなければならない、とクロエは思った。一切を滅ぼさなければならない、とクロエは頭の中で繰り返した。自分に敵対するこの世界を、そろそろ終わりにすべきだ、とクロエは思った。遠くで汽笛が鳴っていた。例の貨物列車が間もなく到着する。立ち上がってショットガンを手に取った。鏡に向けて引き金を引いた。轟音とともに鏡が砕けて、不幸なクロエを見つめ返す不幸なクロエの姿も消し飛んだ。しかし、それでもクロエの心は晴れなかった。
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(145)
ネロエの考えでは革命派も爆弾の信徒も信徒に共鳴する小市民も猫舌のネロエにやたらと熱いお茶を運んでくる愚かなメイドも、邪悪な黒い力に与する不浄な勢力に属していた。邪悪な黒い力が壁の割れ目から吐き出す暗黒の波動によって、ネロエの一切の努力にもかかわらず、またクロエの手段を選ばない摘発活動にもかかわらず、強力な悪徳センターが国内に形成されていた。悪徳センターに集結した技師、科学者、思想家.政治家、運動家、作家、作曲家、教師、ドラゴン、エルフ、ドワーフ、さらには裸足で暮らす得体の知れない小人などが額を寄せて国家転覆の陰謀を計画して、自由で平等で限りなく清浄な世界の確立を目指すネロエを亡き者にしようとたくらんでいた。押収される非合法パンフレットの数も、非合法パンフレットを印刷する地下出版所の数も、日を追うごとに増えていた。爆弾の使徒たちにいたっては国外に向けて無数の手紙を書き送り、ネロエをまるで悪の権化のように描き出し、必要に迫られてネロエが選択した行動を人類の悲劇のように宣伝して、ネロエとその人格を貶め、国家と国民の誇りを傷つけていた。ネロエは鏡に自分の顔を映して小じわが増えていることに気がついた。髪がいくらか細くなり、白髪がちらほらと混じっていた。それなのにこの国の王はあいかわらず羽根飾りがついた帽子をかぶり、腰に剣を吊るして広場で小娘の尻を追いかけている。最終的な解決を必要とした。邪悪な黒い力は捕獲され、特別列車の封印された貨車に積み込まれ、間もなく駅に到着する。メイドがお茶を運んできた。煮えているような熱いお茶だ。ネロエはメイドをにらみつけた。
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