2011年10月20日木曜日

わたしなりの発掘良品『ニア・ダーク/月夜の出来事』(1987)

ニア・ダーク/月夜の出来事(1987)
Near Dark
監督:キャスリーン・ビグロー


凶悪無比な吸血鬼の一味がアメリカのど田舎をうろうろする。窓に目隠しを貼ったワゴン車を乗り回し、ダイナーでウェイトレスの首をかき切って血をすすり、腹がくちくなるとモーテルの一室にもぐり込んで爆睡する。そして夜明けとともに警察に包囲されるとショットガンで応戦しながら毛布をかぶって車へと逃れ、昼の光の中を突っ走る。被弾して窓が割れて太陽の光が射し込んでくると、吸血鬼は体から火を吹くことになるので絶叫しながらガムテープで穴を塞ぐのである。無法ではあるが、どこか寂しくて達観しているという、考えようによっては傍迷惑千万な吸血鬼集団の話で、エリック・レッドのきわめて趣味的な脚本をキャスリーン・ビグローが退廃的な映像にまとめ上げた。ランス・ヘンリクセンが吸血鬼の頭目を熱演している。文句なしの傑作である。
ニア・ダーク 月夜の出来事 [DVD]

Tetsuya Sato

2011年10月19日水曜日

わたしなりの発掘良品『エル・コロナド』(2003)

エル・コロナド(2003)
Coronado
監督:クラウディオ・ファエ


医学生のクレア・ウィンスロウは婚約者のウィルとクリスマスを過ごすためにスイスへ行くが、出張ですでにそこにいるはずのウィルは実は南米のコロナドという国にいることが判明する。いかなる理由で、またなぜ行く先を隠してそこにいるのか、浮気をするためではないのか、疑いを抱いたクレア・ウィンスロウは自らもまたコロナドへ出かけていくが、この小国ではアメリカが支援する政府と全土の四分の一を支配する革命派とのあいだに緊張が続いており、大使館からはアメリカ人なら革命派に拉致されている可能性もあると指摘され、そう言われて婚約者は革命派に拉致されていると確信したクレア・ウィンスロウは自ら婚約者を救出するために町で知り合った突撃レポーターのトラックに同乗し、ジャングルの奥へと進んでいく。
雑な作りだが、内容がどうの構成がどうの、というところよりもけれん味のほうに重点が置かれている映画のようで、だから革命軍の「秘密基地」が絶壁を下る「滝」の向こう側にあって、そこからなぜかオスプレイが「発進」してきたりするのである。そういうところに萌えるひとにはたぶんお勧め。ヒロインがタフで有能で口が減らない、というところも好感が持てる。
エル・コロナド 秘境の神殿 [DVD]

Tetsuya Sato

2011年10月17日月曜日

わたしなりの発掘良品『セレニティー』(2005)

セレニティー(2005)
Serenity
2005年 アメリカ 90分
監督・脚本:ジョス・ウェドン


500年後の未来。人類は人口過剰となった地球から宇宙へと飛び出し、テラフォーミングを繰り返して人類圏を広げていたが、惑星間に広がる同盟に対して辺境惑星の人々は自治を求め、独立への動きはやがて戦争へと発展し、最後に分離派は敗退する、というのがこれまでのお話らしい。で、その分離派の兵士だったマルカム・レイノルズ船長はぽんこつ船セレニティを率いて反同盟の非合法活動を続けていたが、船医サイモン・タムの妹リバーが同盟の洗脳を受け、同盟の極秘事項を脳に刷り込まれた人間兵器と化していたことから同盟の工作員に追われることになり、ただ追われるのもあれだ、ということで同盟の秘密なるものを確認するために食人族が徘徊する宙域を抜けて謎の惑星ミランダを目指す。
Wikipediaによると2002年から2003年にかけてFOX系ネットワークで15話まで放映され、打ち切りにされた"Firefly"というTVシリーズの映画化である。ちなみに映画化はユニバーサル。後半、ミランダの秘密があきらかになってから演説口調になってくるのと無用の対立と無用と思われるダイアログがいささか目立つのが気になったが、視覚的にもアイデアの面でもこれは拾い物である。まずセレニティのぽんこつぶりが気に入ったし(飛行中になんか変な音がして、あれはなんだとか船内で騒いでいる)、登場人物もおおむね三枚目というのも悪くない。美術もなかなか凝ったものになっていて、辺境植民惑星の繁華街はまるっきり香港だし、全編に漢字と意味不明のカタカナが氾濫しているし、登場人物がときどき中国語をしゃべるというところまで含めて一貫したデザインには感心させられた。人間兵器となった少女リバーの殺陣もよく考えられているし、黒煙をもくもく吐いて突進してくる食人族の戦闘艇は文句なしに見ごたえがあったし、いちおう宇宙空間での大戦闘というシーンもある。DVDに収録されている監督インタビューによると、主流から見捨てられた底辺の人々を描きたかった、ということで、それはそれなりに成功しているのではあるまいか。オリジナルのTVシリーズのほうも見てみたい。 
セレニティー [DVD]

Tetsuya Sato

2011年10月16日日曜日

キャプテン・アメリカ ザ・ファースト・アベンジャー

キャプテン・アメリカ ザ・ファースト・アベンジャー
Captain America: The First Avenger
2011年 アメリカ 124分
監督:ジョー・ジョンストン

第二次大戦下のアメリカでブルックリン出のスティーブ・ロジャースは祖国に貢献するために兵役志願を繰り返すが、貧弱な体格と虚弱な体質を理由にその都度却下され、それでも果敢に繰り返すと、その果敢さが認められて科学研究予備部隊に属するアースキン博士から声をかけられ、ついに兵士となって訓練に参加するが、やはり虚弱なのでいわゆる訓練からは脱落気味で、それでも果敢なので怪しいスーパーソルジャー計画の候補に抜擢され、怪しい血清を打たれ、怪しい波動を浴びることで超人的な運動能力を備えたたくましい肉体を獲得し、キャプテン・アメリカとなってUSOの戦時国債販促キャンペーンに送り込まれ、USOの慰問でイタリア戦線を訪問し、そこでアメリカ兵多数がドイツの怪しい機関ヒドラによって捕虜となっていることを知ると、単身ヒドラの拠点に乗り込んで捕虜を解放し、ヒドラの領袖でドイツとは無関係に世界征服をたくらむシュミットの野望に挑戦する。
キャプテン・アメリカは『スコット・ピルグリム』でルーカス・リーを演じていたクリス・エヴァンズ。特殊部隊の大佐がトミー・リー・ジョーンズ、悪役シュミットがヒューゴ・ウィーヴィング。
比較的シンプルなプロットに対してシチュエーションとキャラクターがややインフレ気味で、それを消化するためにそれなりのテンポで話は進むが、不思議なことにあまり盛り上がらないまま終盤を迎える。トミー・リー・ジョーンズはほぼ、いるだけの存在で、悪役のヒューゴ・ウィーヴィングもあまり存在感を発揮していない。主役のクリス・エヴァンズもなぜかそれほど目立たないのである。察するに、これはキャプテン・アメリカという存在が戦場に回収され、あきらかに兵士として行動する一方、兵士としてのスケールを特定できていない、というところに問題があるのではあるまいか。つまり、いちおう主人公の活躍を描いてはいるが、戦場というばらけた場所をひどく駆け足で動くせいで、主人公が活躍している場面がはっきり見えてこない。やっていることは『ヨーク軍曹』とあまり変わりがないように見えるし、そういうことならば主人公のキャラクターにじっくりと集中した『ヨーク軍曹』のほうが、仕上がりはやはり上なのである。戦場、兵士、ヒーローといういかにもな組み合わせが、いわゆるコミックヒーローとはうまく結合しないという結果を示した映画だと思う。 


Tetsuya Sato

火を噴く惑星、1962年のソ連製SF映画

火を噴く惑星(1962)
Planeta Bur
監督:パーヴェル・クルシャンツェフ 


「こちらはモスクワ放送。ソヴィエト全土に放送中です。タス通信によれば、宇宙探検船シリウス、ヴェガ、カペラは2億キロの旅を終えて金星に接近中。乗員の体調は良好です」
三隻の宇宙船が金星に近づいていく。
するとそこへヒューッと音を立てて隕石が現われ、探検船カペラを粉砕する。
「こちらは地球本部、シリウス及びヴェガへ告ぐ。カペラの喪失で動揺してはならない。金星の状況を報告せよ」
計画では二隻が金星に着陸し、一隻が軌道で待機する筈だった。カペラを失った以上、計画は変更しなければならない。
「こちらは地球本部、探検はいつ中止してもかまわない」
「地球本部へ。我々はソヴィエト政府及び共産党、そして全国民の信頼に応えるために金星への着陸を敢行します」
ヴェガの着陸船が2名の隊員及びアメリカ製のロボット「ジョン」を乗せて金星に降下していく。先行してシリウスの着陸に適した地点を見つけるのだ。ヴェガにはマーシャが残り、シリウスでは隊長たちが着陸船からの報告に耳を傾ける。
「前方に山が見える。操縦をジョンに交替する」
ヴェガの着陸船が消息を絶った。隊長は決断を下す。同志を救出しなければならない。我々も着陸しよう。シリウスが金星の地表を目指して降下を始めた。
「すごい霧だ」
というわけでシリウスの乗員は夜明けを待って水陸両用の探検車に乗り込み、ヴェガの乗員を救うために金星の大地を進んでいく。途中、海を越えていくあいだにプテロダクティルスに似た翼竜に襲われ、探検車の床の栓を抜いて海底に逃れ、沈んだ探検車を引っ張ってなおも進み、上陸すれば宇宙服の姿で焚き火にあたり、探検車が乾くのを待ってさらに進む。一方、ヴェガの着陸船のメンバーはロボット「ジョン」を先頭に立てて、救援を求めて徒歩で進む。二足歩行する人間大のトカゲがぴょんぴょん飛び跳ねながら襲ってくるのを拳銃で撃退し、火山の爆発を避け、溶岩流をジョンにおぶさって乗り越えようと試みる。ちなみにジョンは丁寧な要請にしか反応しないようにプログラムされていて、自己保存機能を備えているので溶岩流を越えていくあいだにメカニズムに危険を感じれば、乗っている人間を振り落とすことも厭わない。地上で二つのチームがすったもんだとしているあいだに軌道では一人残されたマーシャが悩み始めて、自分も金星に降りていこうか、それともやっぱりやめておこうかと切りも際限もなく逡巡する。後半はマーシャが着陸したのか、それとも考えを変えて軌道にいるのかということでサスペンスが否応もなく盛り上がり、金星探検は大変なことになっていく。
笑えるダイアログ、独特の美術、ある種のセンスは否定できないSFぶり、ということで一見の価値のある作品である。気の合った仲間と一杯飲みながら、突っ込みを入れて見るのがよいと思う。
火を噴く惑星 [DVD]

Tetsuya Sato

シュトラフバット

捕虜大隊 シュトラフバット(2004)
Shtrafbat
監督:ニコライ・ドスタル


第二次大戦中の懲罰大隊を扱ったロシア製のテレビミニシリーズで各話50分の11話構成。


第一話:ドイツ軍の捕虜となったツヴェルドクロフ(だったかな)少佐はヴラーソフ軍団への誘いを蹴って処刑されるが、弾が急所をそれたために墓穴から這い出して収容所を脱出、途中、ソ連軍敗残兵に拾われて戦線を突破する。するとさっそく階級が剥奪され、保安部隊による取り調べが始まり、処刑される代わりに懲罰大隊の指揮官に任命される。その大隊には収容所から社会的親近分子や人民の敵が集められ、集結地点から前線まで列車で送られるあいだに内輪の喧嘩で36人が死亡する。到着した大隊の兵士たちに大隊長は檄を飛ばし、大隊は戦場を目指して進んでいく。が、見た感じではせいぜい二個小隊くらいしか兵隊がいない。無頼漢の頭目がそれらしい風体で登場したり、無頼漢が歌を歌ったり、といった場面は珍しい。ソ連兵の制服が全体にからだに合っていない、というのはリアリズムを目指した結果であろうか。ロシア版『バンド・オブ・ブラザーズ』というにはあまりにも低予算だが、いちおうのデザインとテンションは備えている。


第二話:懲罰大隊は初めて戦闘に参加し、ドイツ軍の陣地の真正面に敷設された地雷原へ突っ込んでいく。戦闘場面はかなり小規模で小火器中心、砲撃の着弾と地雷の爆発が区別できない。ということで格別力は入っていない。懲罰部隊の背後には青帽をかぶった保安部隊が控えていて、脱走兵や憶病者を殺すために骨董品の機関銃を配置している。ドイツ軍陣地攻撃に成功した大隊の兵士たちは早速略奪に取りかかり、シュナップスをがぶ飲みする。ソ連軍の師団本部には良い将軍とその副官、悪い青帽の少佐がいつもトロイカで並んでいた。


第三話:食料事情が悪化した懲罰大隊の兵士たちはドイツ軍の制服を着込んで保安部隊の食料庫を襲撃する。保安部隊の兵士たちがことさらに太っているのが面白い。ふつうにやればシットコムになるはずの状況だが、大真面目なので決してそうはならないのである。師団本部ではあいかわらず良い将軍とその副官、悪い青帽の少佐がトロイカで並んでいた。ときどき登場する回想シーンはちょっと邪魔。 


第四話:懲罰大隊は補充兵を加えて攻撃を敢行、ウクライナの村を奪還し、兵士たちは男ひでりの村の女たちと交歓し、五十八条組は寝床で体制批判をする。戦闘シーンはあいかわらず貧弱だが、登場する銃器類の銃声がそれぞれに性格があって本物らしいのには感心する(MP40は軽快で、PPSh41は騒々しい。ちなみに懲罰部隊の兵士たちはいつの間にか鹵獲品のMP40を主力火器にしてしまっている)。


第五話:懲罰大隊に危険な偵察任務が下り、一方、第四話の戦闘で故意の負傷をした新兵は軍医に見逃してもらって入院し、そこで看護婦に恋をする。二つの話がまったく無関係に並行して進むのである。無頼漢のグリモフ中隊長がいい感じ(腰にルガーをぶら下げている)。偵察から帰還した兵士たちを保安部隊の少佐が尋問すると、取調官的な誘導方法(たしかにそうだったかもしれない、でも一般的にはこういうこともあり得るのでは)が登場する。どうやら真の敵はドイツ軍ではなくて、やはり保安部隊になるみたい。


第六話:一日の休暇。元強盗のグリモフ中隊長は牛をつかまえ、村に住む戦争未亡人に牛の世話を頼んだところ、二人はなんとなくいい仲になる。一方、故意の負傷で入院中の新兵も目当ての看護婦といい仲になるが、退院して懲罰大隊に戻される。その大隊ではグリモフ中隊長のところへ戦争未亡人が訪れて、ここで二人は気持ちを明かしてすっかり恋仲になる。だが大隊はまたしても危険な任務に送り込まれ(二台並んだドイツ軍戦車の地域射撃圏内に突撃する)、重大な損害を受けて後退する。


第七話:人員の補充を受けた懲罰大隊は解放されたばかりのウクライナの町に到着し、そこで敵残存勢力の掃討にあたる。だが腹を空かせた懲罰大隊の兵士たちは同胞を相手に悪事をおこない、事実を知った保安部隊の少佐はそれ見たことかと大隊長のシュテファノヴィッチを締め上げにかかる。だが、そのとき、ドイツ軍の反攻が始まり、町の神父も死んだ兵士の銃を取って戦いに加わり、神父はそのことによって穢れを受けるので三年間は正餐式をおこなえなくなる。兵士たちが暇つぶしにやる『モンテクリスト伯』の要約が面白い。キャラクターが新たに加わり、保安部の少佐の悪役ぶりにも磨きがかかり、なんだかストーリー物のような展開が始まっている。


第八話:第七話で登場した神父はそのまま志願兵として懲罰部隊に残り、山上の垂訓についての講和などをしているが、保安部隊のカルチェンコ少佐はもちろん快く思わない。少佐は大隊長にそのことでからみ、その直後、戦闘が始まり、懲罰大隊はドイツ軍機甲部隊の攻撃にさらされ、二十人足らずを残して事実上、全滅する。


第九話:カルチェンコ少佐の疑念(おもに第三話と第七話の状況に基づく)によって大隊長は逮捕され、大隊長は供述を拒んで拷問を受ける。一方、懲罰大隊には新たな補充兵とともに新たな大隊長が着任し、札付きの兵隊リョッカは前線の中間地帯でドイツ軍の食料倉庫を発見する。リョッカは一人でたらふく飲み食いをしてから発見をグリモフ中隊長に伝え、リョッカを含むグリモフ中隊長とその一味は夜間に食料倉庫を訪問、そこで同じように略奪にやってきたドイツ軍の兵士と遭遇する。


第十話:保安部隊のまともそうな少将(というのが第七話から登場している)の手配によってシュテファノヴィッチは大隊に一兵卒として戻される。同じく保安部隊のカルチェンコ少佐は食料倉庫の一件を聞きつけて食料強奪作戦を自ら立案、陣頭指揮に立つものの、少佐自身の行動によって戦端が開かれ、懲罰部隊は大損害を受けて後退する。なお、このかん、懲罰部隊の面々は第七話で登場したミハイル神父の感化を受けて、とても敬虔になってきていて、略奪品のラム酒を飲むときにもちゃんと食前の祈りを捧げていた。


最終話:赤軍の機関銃二個中隊及び砲兵二個中隊を加えて旅団編成に膨れ上がった懲罰大隊はドイツ軍正面で大規模な渡河作戦を決行、対岸への上陸に成功してドイツ軍の拠点を奪取、そのまま拠点防御を開始するが、最初から見捨てられている、という理由で増援を受けられないまま全滅する。


全体をとおしての印象としては、低予算ながらも真面目で好感の持てる作りであった、ということになる。1930年代を背負う形でいかにもそれらしいエピソードや会話が混ぜ込まれているし、保安部隊の陰険な習性、無頼漢の性懲りもない生態、政治犯が歌う歌の歌詞(スターリンがキーロフを殺した!)、いかにもな神父の登場など、興味深い場面がたくさんあって、その方面に関心を抱いて見ればかなり面白い。ちなみに最終話のエンディングロールでは赤軍に存在したすべての懲罰大隊のリストが紹介され、それが画面に収まりきらない、という有様には見ていてちょっとぞっとした。最後に示される数値は1000を越える懲罰中隊があったことを告げるが、一個中隊が通常の戦時編成で200人程度であった、と考えると、20万人を越える規模の懲罰部隊が全体では存在したことになり、もう一度ぞっとした。 
捕虜大隊 シュトラフバット DVD-BOX



Tetsuya Sato

エドガー・ライト『Spaced』(1999-2001)

Spaced(1999-2001)
監督:エドガー・ライト
脚本:サイモン・ペッグ、ジェシカ・スティーヴンソン


恋人に捨てられて恋人の部屋から追い出されにかかっている売れないマンガ家のティムと、現状のルームシェアリング(かなりすごい状態)にうんざりして部屋を探している売れないジャーナリストのデイジーが喫茶店でたまたま相席し、デイジーが新聞の不動産広告をにらんでは目当ての部屋を借りにいって誰かに先を越されるという状態を二週間も続けるあいだ、二人は同じ喫茶店で同じように相席を続け、ふと目を落とした広告に格安の2LDKがあり、ただしカップルであることが条件であったことから、ティムとデイジーは関係を偽装してその部屋を借り、共同生活を開始する。
BBCのTVドラマで、シーズン1、シーズン2の各7話で計14話。
ティムがサイモン・ペッグ、デイジーがジェシカ・スティーヴンソン、脚本もこの二人が共同で書いていて、ニック・フロストがティムの友人マイクの役で登場する。 
ティムは一種の『スターウォーズ』オタクという設定で、エピソード4、5、6とぶっ続けで見て感動の涙を流しているし(ただしシーズン2ではエピソード1を観たことでジョージ・ルーカスと決別している)、デイジーは言わば逃避の鬼で、仕事は二分半しか続かない。危険人物にしか見えないマイクは軍隊から追放された前歴(チーフテン戦車を乗っ取ってひとりでパリに攻め込もうとしたらしい)があり、アパートの大家もどこかおかしい上につねに唐突に出現し、下の部屋に住んでいる画家のブライアンはカンバスに怒りと痛みと恐怖をぶつけ、憎悪とともに生卵を粉砕している。 
エドガー・ライトのキャリアからするとこれが『ショーン・オブ・ザ・デッド』の前哨であり、『スコット・ピルグリム』に現われたような思い切りのよい映像の加工がすでにここでおこなわれている。演出はリズミカルで歯切れがよく、パロディ精神が豊かで、映画、テレビ、ゲームから豊富に引用がおこなわれ、リアリズムからの逸脱をまったくと言っていいほど恐れていない(サバイバルゲームで黄色いペイントボールが命中すると口から黄色い血を吐いて絶命する)。いわゆるシットコムとは異なる独特のコメディに仕上がっていて、とにかく遠慮のないばかばかしさが面白い。 

Tetsuya Sato